昔昔、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは川へ洗濯へ。
おばあさんは山へ柴刈りに出かけました。
おじいさんが川で洗濯をしていると急に川の水が激しく流れだしました。
彼は慌てて手を止め、持っていた服を川から引き上げました。
川の水の勢いは凄まじく、洗濯物があっという間に流されてしまう勢いでした。
雨の日や天候の悪い日は、川の水も勢いを増す事はありますが、こんなにもすがすがしく眩しい太陽の下、春を感じさせるような日差しがさす今日この頃、いきなり川の流れが激しくなったもので、彼も死ぬのではないかと驚き返りました。
穏やかで透き通っていた浅瀬な川が、一変して荒々しく、まるでとてつもなく深くなったような濃い水の色に変わり、水しぶきを上げて激しく流れます。
まるでとてつもない威嚇を感じるほどの荒波です。
おじいさんは困り果ててしまいます。
「はてまて、何ぞや、こんな激に川の水が流れよんのや!
びっくりしてもうたでぇ」
おじいさんは貯まった洗濯ものを見て、顔をしかめめていました。
暫くして、川の流れがだんだん穏やかになり始め、また美しく透き通った川へと戻りました。
おじさんはなんだったのかと不思議そうにしながら、また貯まった洗濯物をせっせと洗い始めます。
もう、あないなことは起こらんやろうなと思っていると、何やら大きなものがゆっくりと頭に当たりました。
「あいでぇっ」
っとおじいさんは声を出し、顔を上げるとそこには何と大きな桃が立っていました。
「な、なんじゃこりゃ!」
っとあまりにも大きな桃に、おじいさんはしりもちをつき、ズボンをぬらしてしまいました。
桃はおじいさんの身長を悠々と超えています。
「ばあさん! ばぁーさん!」
おじいさんは慌てて木が茂っている森の方に向かって叫びました。
「ちょっと来てくれ。はよー来てくれ」
しかし森からは何の返答も返っては来ません。
そうこうしているうちに、
「あかん。もう手が疲れてきよった」
桃を長さまいと抑えるおじいさんの手はもう限界でした。
はようばぁさんを呼ばねば。
おじいさんは頑張りました。
返事が全く返ってこないのでおじいさんは、ばあさん、ばあさ~ん、と大声を出し続けました。
その尋常じゃないほどの驚く人の声に、おばあさんは何事やと急いで森から駆け出てきました。
「おまえさん、どうしたんじゃい」
急いで森を出るとそこには叫ぶおじいさんの姿があったので、おばあさんが心配すると、その横に大きな桃がおじいさんの頭に当たって止まっていた光景が目に入り、おばあさんは桃を見上げて、唖然としました。
「おまえ、これじゃよ、これー。
何じゃと思う??」
おじいさんはおばあさんに大きな声で聞きます。
「何じゃって、……これりゃ、――ももじゃろがい……」
おばあさんは答えました。
「はぁー。やっぱり桃かー」
おじいさんは、一旦これが桃で間違いなかったと確認できて、落ち着きました。
「しかし、あんたこれ、どうしたんじゃぁ」
おばあさんはこの世の物とは思えないほどの大きな姿の桃に、首を桃のほうに傾け頭の天辺で抑えているおじいさんに不思議そうに聞きました。
「知らんわ」
おじいさんも訳がわからないので、思ったまま答えました。
「知らんわって、
じゃああんたなんでこんなもん押さえとるんや」
「わしが洗っとったら、コイツがぶつかってきよったんよ。ほんで押さえとる」
「ほんであんた、そんな格好して。
頭横向けにして話して辛ろうないの?」
おじいさんがずっと頭の頂点で桃を抑えながら、腕組をして話し続ける姿勢を変えないので、おばあさんは、その不思議な態勢でずっと居る事につっこみました。
とにかくおじいさんは、桃をずっと流れないように押さえていたので、体力が限界になっていました。
「いやあ、それでも立派な桃やねぇ」
おばあさんが感心していると
「もう、はよ、えぇから手伝ってぇ」
とおじいさんが苦しそうに言いました。
二人で何とか大きな桃を引き上げると、そのままお家へ持って帰りました。
これは久しぶりのご馳走だと二人ともとても喜びました。
二人が帰ると夕食の準備がはじまります。
桃はと言うと、あまりにも大きすぎたので、庭の外に置いておく事にしました。
おばあさんは火をおこし、調理を始め。
おじいさんは、外で薪を割ります。
お互い終えると、お風呂に入り、夕食をとりました。
一段落して、楽しみにしていたデザートの桃をいただこうと、おばあさんが中庭に向かうと、
おばあさんが悲鳴を上げました。
急いでおじいさんが駆けつけると、なんと桃が二つに割れていました。
「割れとる。
桃が二つに割れとるー」
おじいさんはそういうと、
「誰じゃー。
いったい誰の仕業なんじゃ!」
とおじいさんはあたりを見渡しました。
「おまえさん、誰か見たんか?」
おじいさんが聞くと、おばあさんはうなずきました。
「誰じゃ? 男か?女か?」
おばあさんは
「男じゃ」
と答えました。
「男か!どんな奴が侵入しよったんや。
まさか……、」
とおじいさんは蒼白した顔で、部屋の方に戻ると、斧を手に持って帰ってきました。
その欠相加いた目で走ってくる姿に、おばあさんは仰天。
「あんた! 何を持っとるんじゃ!」
おばあさんは驚きます。
「何をする気なんじゃ」
と質問すると、
「危ない奴かもしれんで。
どこに居るかもわからん」
と警戒するおじいさんに、おばあさんが言いました。
「なんも危ない事はない。
ちょっとびっくりしただけじゃ」
「なにが、びっくりしたじゃ。
まだ捕まえてもおらんのに、何を落ちついとるんじゃ」
とおじいさんは辺りをきょろきょろしながら言います。
「もう大丈夫じゃ。
お前さんこそ、何をそないに目を血走らせとるんじゃ。
落ち着いてこれを……」
「何を言うとる。
その男っちゅう奴はどないな奴や!」
おじいさんは、おばあさんの話をさえぎり、無我夢中で探します。
おばあさんはため息をつくと、あきれた目でおじいさんを見るなり、
「お前さんが警戒しとる男っちゅうんはこの子のことや」
と桃の中から赤子を取り出すと、おじいさんの前まで持ってきて見せました。
おじいさんは持っていた斧を落とすと、気が抜けたように肩を落としました。
「誰じゃい?!」